企業が事業活動を行う上では、契約や勧誘、表示などに関するルールの理解不足が、知らず知らずのうちに消費者被害やトラブルにつながってしまうことがあります。奈良県の委託を受け、県内事業者の皆様に差止請求事案を踏まえた消費者関連法を知ってもらい、消費者の権利擁護と起こりうる様々な消費者被害の未然防止を図る目的で本セミナーを開催しました。
セミナーには23事業者・団体の他、消費生活相談員、行政関係者合わせて30名余が参加し,
、適格消費者団体でも活動し消費者法に詳しい3人の弁護士による講義に熱心に耳を傾けました。
奈良県県民くらし課 藤本課長
主催者挨拶:奈良県地域創造部県民くらし課 藤本和巌課長
県で受付けた令和5年度の相談件数はおよそ4,600件で、その約半数を占めるのが特定商取引法対象事案です。また定期購入関連事案が増加、SNS広告を介したトラブルは4年間で4倍となっています。一方、投資向け不動産販売の電話勧誘やスーパーの商品の内容量表示、エステ店でのサービス表示などを景品表示法違反として行政指導しました。 消費者トラブルの未然防止、拡大防止のためには、事業者に消費者関連法をよく知っていただくことがまず必要です。HPの広告や消費者との思わぬトラブルが、善意、悪意問わず企業の大きな損失につながることが十分あり得ます。本日のセミナーの内容を踏まえ、普段の取引に生かしていただくことが消費者の安全と安心とともに、事業の運営にも役立つものと考えております。本日はどうぞよろしくお願いいたします。
講義① 消費者被害の状況と消費者庁・適格消費者団体の取組
講師:北條 正崇 弁護士(奈良弁護士会、特定非営利活動法人なら消費者ねっと理事長)
《講義内容 抜粋》
〇消費者白書によると、消費者被害額は年間で約8・8兆円、コンビニ市場約12兆円と比較してもその大きさがわかり ます。当時の悪質商法被害の急増を背景に、消費者行政の司令塔として2009年に発足した消費者庁では、消費者安全法、消費者契約法、特定商取引法、景品表示法など39の消費者関連法を所管するとともに、企業の社会的責任の自覚を促す「消費者志向経営」の推進にも取り組んでいます。
〇社会環境の変化に応じて法整備も進みました。最近では、プロバイダ責任制限法に新たな裁判手続が追加されたり、デジタルプラットフォームに関する法律も成立しました。SNS上でよく見かける、一見して広告と認識されにくい「ステルスマーケティング」も規制されました。
〇法執行の強化も目指していますが、2023年度の景品表示法の措置命令は42件、特定商取引法の業務停止命令は32件です。消費者庁に地方支分部局はなく、国民生活センターや都道府県・市区町村の消費者行政と連携して消費者被害の防止・救済にあたっています。
〇適格消費者団体は、2007年に始まった「消費者団体訴訟制度」において、消費者に代わって事業者に訴訟を起こすことができる、内閣総理大臣の認定を受けた団体です。全国に26団体あり、当法人も昨年認定を受けました。2つの制度があり、「差止請求訴訟制度」では、事業者の不当な行為(広告、勧誘、契約条項)に対して、適格消費者団体が差止めを求めることができます。もう一つは「集団的消費者被害回復制度」で、適格消費者団体の中から新たに認定された「特定適格消費者団体」が、消費者に代わって被害の集団的な回復を求めることができるというものです。
〇適格消費者団体による差止請求権の行使件数は、2007年からの約16年間で1227件で、うち78%が訴訟にならずに事業者が是正に応じています。消費者の正当な利益を保護し、公正な市場を形成するためには、重層的体制、すなわち相談機関や行政処分権限を有する行政庁との役割分担と、誠実な事業者との連携があり、適格消費者団体も市場の監視や違法行為の排除などの活動により、その官民協働の輪の中で役割を果たしていることになります。
講義② 知っておきたい消費者関連法の解説
講師:小泉 隆志 弁護士(奈良弁護士会、特定非営利活動法人なら消費者ねっと副理事長)
《講義内容 抜粋》
〇「事業者者が把握しておくべき消費者関連法規」についてお話しします。その前にまず法律でいう「消費者とは?」「事業者とは?」の定義です。消費者契約法第2条に規定がありますが、要するに「商売として取引にかかわっているか」がポイントとなります。
〇また「なぜ消費者の保護や配慮が必要なのか」という点についても、押さえておきます。「消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差」がその根底にあります。元米国大統領のケネディ教書に「消費者の4つの権利」が提唱されて以降、消費者団体等がこれらの権利の保護の運動に取り組んできました。
〇では具体的にはどのような法的規制があるのか、食品やおもちゃ、公共料金などを例に挙げて説明します(別紙講義資料②参照)。このように商品・サービス内容によりそれぞれ異なる法規制があります。そして本日の話の中心である消費者関連法は、景品表示法・特定商取引法・消費者契約法です。
〇なるべく商品をよく見せたい、キャンセルされたくない、といった事業者の思惑と、消費者の利益は対立します。民間託児や、ペットショップ、結婚式場、不動産販売などの広告や利用規約の具体的なトラブルのケースに沿って、
それぞれにどういう法規制があり、適用されるかについて詳しく解説します。(講義資料②参照)
〇しかし個別に解決しても別の消費者のケースが解決するわけではないため、根本的な解決にはなりません。そこで適格消費者団体が不当な行為自体を「差し止める」ことが重要になります。
〇最後に、こうした法律の存在を踏まえて事業者が行うべきこととは、「不当な勧誘をしないように社員を教育する」「契約書、法廷書面の整備 」「広告の精査(常識的に考えて誇張しすぎや虚偽はダメ)」「特約の内容のリーガルチェック」などがあります。消費者の立場を意識しながら検討していく必要があります。
講義③ 改善事例や差止請求訴訟に発展した事例
講師:竹内大敬 弁護士(奈良弁護士会、特定非営利活動法人なら消費者ねっと検討委員長)
《講義内容 抜粋》
〇これまで委員会で取り扱ったもので改善された事例をご紹介します。一つ目は「銀行の無担保カードローンの規約」です。この事案の無担保カードローンでは、「契約者が死亡した場合、相続人はローンの残金の全額を一括して返済しなければならない」という規約があり、相続人に不利益の大きいものとなっていました。「消費者契約法第10条に該当し無効となる」としてこの金融機関に対し、「期限の利益喪失規定」のうち「相続の開始があったとき」という文言の削除を求める申入書を送付しました。金融機関から「申入れを受け、お客様本位の観点から本件条項の削除について検討する」との回答書が届き、当該条項の是正を確認して、活動を終了しました。
〇2つ目は「バス事業者の半額乗車パス」です。この乗車パスは、カードを購入することで、購入金額以外のチャージ された金額から、通常料金の「半額」で乗車出来るカード。半額と記載があるものの、カードの購入金額が必要なため、「実質的な支払い総額」としては、半額になりません。運営会社に対し、(ア)「半額」との表示には、別途カードの購入費用などが掛かることを明記すること。(イ)有効期限内に何回乗車すれば得をするのか(損益分岐点)一覧表を掲載すること――を内容とした要望書を送りました。事業者から改善する旨の回答が届きましたが十分な回答でないため、早期の回答を求める連絡文書を送りました。その後、改善されたパンフレットが届きました。「半額」の強調表示は穏やかになり、半額の対象が路線バス運賃であることが明示されました。かつ、そのすぐ下には『ご利用の区間や頻度によって、割引額が購入金額を下回ることがあります』『ご購入にあたっては中面をよくご確認ください。』などの注意事項も記載されました。これにより、損益分岐点の表示は引き続き検討をするように求める留保付で、終了通知を送付しました。
〇次に、差し止め請求訴訟に発展した事例を紹介します。(「COCoLiSポータルサイト※」より引用)
一つ目は「契約条項が問題となった事例」です。他県の適格消費者団体が、永大供養を行っている寺を相手に、契約書の解約条項差止について提訴しました。その契約では納骨前の解除の場合でも、契約日からの日数に応じた返金率でしか返金しない点に問題があり、違約金の額が消費者契約法9条1項の平均的損害を超えるものであり、超える部分は無効であると訴えました。裁判では、「消費者は未使用の御霊泉券相当額を返還する、1日あたり1250円の控除、実際に招待されたイベント分の控除をした志納金を返還する規定に変更すること」を内容とする訴訟上の和解が成立しました。
〇二つ目は「広告表示が問題となった事例」です。これも他県の団体が訴えた事案で、「COCoLiSポータルサイト」に掲載されています。不用品買取事業者に対し、「不用品回収会社口コミ評価満足度 No.1」、「最安値を継続中」、「本日限定5,000円」、「通常価格10,000円」などのウェブサイトの各表示が、景品表示法の優良誤認ないし有利誤認に該当するものとして当該表示を行わないことを求めた事案です。裁判の結果、本件表示を使用しないこと、今後の原告からの協議の申し入れがあった場合には真摯に対応すること等を内容とする訴訟上の和解(勝訴的和解)が成立しました。
質疑の時間
会場からは「電気代値下げやIT関連、パソコン販売、環境商品など、さまざまな営業活動をしている。契約や交渉に関して、チェックポイントはどのように絞り込めばいいですか」などの質問が出され、講師から回答がありました。
また小泉弁護士から講義の補足として、消費者契約ではありませんが、事業者が被害を受けるケースが紹介されました。無料の求人広告を勧誘し高額請求されますが、事業者間の契約であり消費者契約法などの特例は適用されないため注意が必要ということです。
竹内弁護士からも、是正を求める交渉をした結果、事業者が一定の改善に応じた事例の追加紹介がありました。無人コインパーキングの自動発券機が、つり銭が出ないのに注意喚起が不十分というもの。券売機と表示の改善を求めたところ、いったん投入したお金は戻らずつり銭も出ないことが利用者にわかるように表示され、「コイン返却用」と誤解されそうな「つまり防止」レバーにも返却レバーでない旨明記された事例です。
参加者の感想
受講後のアンケートでは「具体的な事例が聞けてよく理解できた」「企業として契約などの確認のきっかけとなった」などの感想が寄せられました。
閉会まとめ 北條理事長
閉会のまとめ 特定非営利活動法人なら消費者ねっと 北條 正崇 理事長
なら消費者ねっとは、適格消費者団体としての活動だけでなく、消費者への啓発にも力を入れてきました。消費者が正しい知識を持ち正しく契約でき、商品を選べるようにする、といった活動と両輪でやってきました。弁護士、消費生活相談員、消費者、大学の方々、さらには学生の皆さんなど、さまざまなメンバーで構成されているため、多様な視点から柔軟に対応することができます。
公正な市場の実現は、真面目に事業を行う事業者にとって非常に重要であると実感しています。以前、「予備校で前払いした授業料が返金されない」という問題がありました。県内の予備校・学習塾100校以上にアンケート調査したところ、返金しないケースが多いことが分かったため、「特定商取引法などの法的ルールに則った契約」を行うように、調査した全校に対し「要請書」を送りました。すると、ある予備校から、「このような助言をしてもらえて大変ありがたい。参考にさせてもらう」との連絡が届きました。このような活動を事業者の方々が協力的に受け入れてくださり、こうした成功体験が公正な市場の実現に向けた一歩となりました。
なら消費者ねっとは、これまで奈良県はじめ行政の方々、消費生活相談員の方々と連携、ご支援いただいてきました。今後も、事業者の皆さんと共に奈良県の公正な市場の実現に向けて力を尽くしていきたいと考えています。本日のセミナーを通じて適格消費者団体に関心を持っていただけたら幸いです。